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新型コロナウイルス感染症のこれから ~松山俊文先生(長崎大学名誉教授)との対談~


團茂樹:本日は、私の留学先の同窓生であり、インターフェロン研究に長い間携わってきた松山俊文先生(長崎大学名誉教授)に来ていただき、新型コロナウイルス感染症のこれからについて教えてもらおうと思っています。先生宜しくお願いします。


松山俊文:本日はお招きいただき有難うございます。先ずは私の研究のバックグランドからお話いたします。
私の基礎医学者としての経歴は1986年にヒトレトロウイルス学の研究から始まりました。最初は山口大学医学研究科寄生体学、そして国立がんセンター研究所ウイルス部で学んで学位を取ったのちに、1989年にカナダのトロントにあるオンタリオ癌研究所に留学しました。そこで團先生と一緒になったわけです。留学後2年目からインターフェロンの研究を始め、遺伝子欠損マウス作成や新規遺伝子のクローニングも含めたインターフェロン研究を今に至るまで続けてきました。


團:インターフェロン研究者の先生から見て、今度の新型コロナウイルスはどのような特徴があるのでしょうか?


松山:新型コロナウイルスは人類の歴史上で最もインターフェロン系を無力化することに成功したウイルスと言えます。インターフェロンというのはウイルス感染が体の中で広がるのを防ぐ働きをしています。逆にウイルス側からするとインターフェロンは邪魔で仕方がないわけです。そこで数々のウイルスがインターフェロン系を阻害する遺伝子を編み出してきました。しかし新型コロナウイルスほど効果的にインターフェロン系を阻害するウイルスはありませんでした。


團:インターフェロン系という言葉の意味を説明してもらえますか?


松山:インターフェロンではなく、インターフェロン系とわざわざ使っている理由は、細胞にはインターフェロンを作る細胞と、その作られたインターフェロンを受け取る細胞の二種類があるからで、それをまとめてインターフェロン系と表現しています(図1)。インターフェロンを作る細胞は、まさにウイルスによって感染を受けた細胞です。この感染細胞はインターフェロンを出すことによって、周りの未だ感染していない細胞に警告を発し、周りの細胞はインターフェロン刺激を受けて数多くの抗ウイルスタンパクをつくることでウイルスの侵入に備えます。


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團:新型コロナウイルスはそのどちらに作用するのでしょうか?


松山:新型コロナウイルスはどちらにも作用します。つまり、ウイルスの侵入警告を与えるインターフェロンができなくなるようにするとともに、周りの未感染細胞がインターフェロンの刺激を受けにくいようにしてウイルス感染の拡大をしやすくしています。


團:新型コロナウイルスは20種類を超える遺伝子を持っていますが、そのうちのどの遺伝子がインターフェロン系を無力化することに働いているのでしょうか?


松山:新型コロナウイルスの遺伝子の中でインターフェロン系に作用する遺伝子は10種類近く報告されていますが、そのうちで最も注目すべきはORF6という遺伝子です。この遺伝子からできたタンパク質は僅か61個のアミノ酸ですが、これがインターフェロン系の何れにも作用すると言われています。


團:新型コロナウイルスはRNAウイルスですので変異が入りやすいと聞いていますが、ORF6についてはどうなのでしょうか?


松山:私も新型コロナウイルスが出現したときに、何れ多くの変異が入って新型コロナウイルスの脅威がなくなると思っていました。そこで次々に発表されるORF6遺伝子配列に注目してきました。確かに世界各地でORF6に変異が入った型が報告されましたが全て散発的で主流は元の配列のままです。


團:ということは、今後もORF6遺伝子に限れば変異は起こりにくいと考えられるのでしょうか?


松山:そうです。新型コロナウイルスを擬人化して例えるならば、新型コロナウイルスはORF6の機能は絶対に手ばさないでしょう。インターフェロンというのは風邪症状を引き起こす物質です。ORF6によってインターフェロン系が働かないお陰で、発熱、咳嗽等の風邪症状が出る前に感染を広げることができますので、ウイルスにとってこれほど好都合なことはありません。今後は、より強力なインターフェロン系阻害作用を持つORF6に進化することはあっても、新型コロナウイルス遺伝子からORF6の機能がなくなることはないと思っています。


團:ワクチンのお陰で、またオミクロン株という弱毒株の出現で重症化する人が減りましたが、今後は脅威が少なくなるのでしょうか?


松山:ウイルスにとっては感染を拡大する能力が一番大事で、感染者を重篤化するか否かはほぼ関係がないことです。ですから現在は弱毒化していますが、これから先も弱毒化したままかは予想ができません。


團:新型コロナウイルスで一番怖いのは死亡率が高いことだったのですが、現在では随分と低下したようですが。


松山:重症化、死亡率の低下はワクチンによるところが大きいですが、経験的に判ってきた治療法のお陰でもあります。ここで治療について整理してみます。新型コロナの治療戦略には二つあります。一つは新型コロナウイルスそのものを狙う戦略、もう一つは新型コロナウイルスによってもたらされた免疫系の過剰応答を抑える戦略です。
前者はワクチンと抗ウイルス薬のパキロビッドです。後者は副腎皮質ステロイドであるデキサメサゾン、そしてアクテムラと呼ばれる薬が代表的です。


團:確かにウイルスは検出できなくなっても重症化することから、ウイルスそのものではなく免疫系の過剰応答が悪さをしていると考えられますね。


松山:私は重症化の治療には免疫系の過剰応答をコントロールすることが重要だと考えてきましたので、デキサメサゾンはまさにぴったりの薬だと言えます。


團:免疫系の過剰応答を抑える薬としてアクテムラの効果はどうなのでしょうか?


松山:アクテムラの治験が各国で行われましたが、未だに効果について結論が出ていない状態です。理由の一つは、そのほとんどの例でデキサメサゾンも一緒に使われていて、どちらの効果かはっきりとしないからです。


團:先生はキューバの成功例を挙げておられましたね。


松山:実はあまり知られていないのですがキューバでは新型コロナの新規患者が激減するとともに、新型コロナによる死亡者がこの9か月間出ていないのです。


團:キューバでは二歳以上の国民全員にキューバ発のワクチンを打っているそうですが、その効果でしょうか?


松山:確かに国民の95%が一回以上、85%がほぼ4回のワクチンを受けているので、死亡者ゼロの背景には世界で一番高いワクチン接種率の効果があるとも言えます。しかし、ほぼ同じくらいワクチン接種が行われてきた台湾は一時期は死亡者が極めて多いことがありましたのでワクチンだけで死亡者ゼロにはできないようです。


團:ではワクチンの接種率の徹底に加えて何が良かったのでしょうか?


松山:キューバは自国でいくつかの抗体医薬を作ってきました。そのうちのニモツズマブという抗がん医薬に新型コロナの重症化予防作用があることをキューバの研究者たちが見つけたのです。キューバは2021年夏から秋にかけて新型コロナの爆発的な死者数の増加が見られましたが、ニモツズマブを国の標準治療として取り入れてから死者数の増加が完全に抑えられています(図2)。そしてニモツズマブは既に5,000例以上の中等症・重症例に用いられたとされています。


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團:キューバの統計の信頼性はどうなのでしょうか?


松山:そこが一番議論があるところで、殆どの人は共産圏からのデータだからと信用していない状態です。私はキューバの治験統括者であるTania Crombet Ramos先生に直接連絡を取って尋ねてみましたが、キューバのICUには新型コロナの患者はいないと繰り返して言っていますしTania先生は誠実な方ですので彼らの統計を信じたいと思っています。


團:キューバの統計が本当なら、そして日本でもニモツズマブが使えるようになれば死亡者も減らせるかもしれないですね。


松山:残念ながら日本ではニモツズマブは使えませんが、同じ作用機序をもつ薬がありますので、それらが使えるようになり、いつの日かキューバと同様に新型コロナが死なない病気になることを願っています。


團:確かに新型コロナで死ななくなればインフルエンザ並みになり、例え新型コロナが何時まで残っても大丈夫そうですね。そのような日が来ることを私も期待したいところです。本日は有難うございました。



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